題肢セットのいろいろ⑪入口と出口

「入口と出口」という構造も題肢セットの典型のひとつだ。

例1: 題:首都高霞が関で入った、どこに出る?
1:空港中央(羽田)
2:豊中南(大阪)
3:別府(九州)
4:五所川原北(青森)

例示した「高速道路の入口と出口」は、何のひねりもない「そのままの入口出口」だ。 入口に立った時、出口を考えていなければならない。 非常事態からの避難のために、宿泊するホテルの部屋から使える出口の優先順を考えることも同じ、、、。デパートや学校、高層ビルの建物にも、駅や空港、工場や遊園地などの施設にも、私たちが入口出口という言葉を使うあらゆる場所に、このタイプの題肢セットが自生している。

例2: 題:結婚の出口は、どこ?
1:別居、離婚
2:紙婚、真珠婚、銀婚、金婚
3:死別

これは、行きつく先・たどり着く先を、いったんのエンドポイントとして仮構してみるというタイプのものだ。 仮構される選択肢が肯定的なものになるか否定的なものになるかはいろいろだ。 エンドポイントは仮決算の期限という意味であって、最終決算ではない。そういう意味で、出口も本当の出口というより、仮の出口だ。

例3: 題:勉強して、どうしようというか?
1:大臣か、博士か、大将か、おお金持ちになる
2:外国に出て、世界の最先端のことをやる
3:いい女を嫁にもらう最低の条件を整えるためだ
4:自分の能力を魅力的に磨けば、チャンスは無限だ
5:将来をのんきに楽して過ごすため
6:あほばかの無教養と言われるより、よっぽどいいんじゃないの
7:勉強せずに遊んでいた人を、あとになってうらやましくおもうため
8:どうするかはわからない。何をするにしても、勝つ準備は必要だ

勉強の出口を考える例をあげたついでに、学生を終えて仕事に就く世代の人たちのために、おせっかいを、、、、。 「遊び、友達選び、進路、就活、研修、配属、慣れ、ストレス、愚痴、達成感、自己満足、人との摩擦、誘惑、つまずき、意欲、野心、、、、。」 ここにあげた大小の人生局面の言葉のうしろに「その出口は?」とつけてシミュレーションしてみること。すこし何かが見えると、イイネ。

例4: 題:北朝鮮の現体制、どこにたどり着く
1:崩壊
2:繁栄
3:あのまま

起きていないことは起きてみるまでわからないから、「社会の出口」をテーマとする題肢セットはどれをとっても、占いや予言者のタワゴトとみなされる運命にある。 そういうタイプのテーマの選択肢を考えるとき、ひとは自分の期待に引きずられたバイアス思考を行なう。バイアスが生じる根本原因が、壁のシミに意味を見つけるロールシャッハテストの心理現象でも、強い思い込みの信念モデルでも、プロスペクト理論でもよいが、そのテーマの出口解として提示された選択肢集合の全体が特定のバイアスに支配されているのはまずい。もしそうなら、それはプロパガンダや自画自賛であって、選択の自由をそこなうものだからだ。 コーラとサイダーとキリンレモンとラムネが用意されていても、これは「ガス入りの砂糖水だけが用意された」のであって、「お茶やコーヒーやフルーツジュースを含む多様な飲み物が用意された」ことにはならない、、という話はあちこちでとりあげられている。

バイアスのない選択肢集合を実現するためには、そこにある選択肢の「否定形」と「中立形」を、必ず考えなければならない。

「トンネルの出口が見えない」とか「懸案の落としどころをさぐっている」といった表現に示唆されるような状況も、題肢セットの題そのものであるので、こういうお堅いテーマも、入口出口タイプの題肢セットとして収集してきたい。

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題肢セットのいろいろ⑩クラスとインスタンス

「クラスとインスタンス」という概念は、プログラマーにはおなじみの小道具だ。

組と実例、鋳型と展開、祖型と発現、というようなニュアンスでとらえるのがよい。

このタイプの特徴は、選択肢側が、属性項目だけではなく、なんらかの動作や振る舞いを行うことから成り立っているということだ。

例1: 題:自動車を動かす、どうする?
1:ハンドルを回す
2:アクセルをふむ
3:後ろから押す
4:前から引っ張る
5:ヘリやクレーンでつるして、移動する
6:フェリーや貨物航空機に載せる

例2: 題:そのリンゴ、どうする?
1:むいて食べる
2:細かく切って、カレーやサラダに入れる
3:すりおろすか、ミキサーにかけて、食べる
4:庭に埋めて、芽が出るか試してみる
5:冷凍する
6:象にやるため、動物園に行く

たとえば、「名詞」を題としたインスタンスを考えるときには、手当たり次第に「動詞」をくっつけてみる。形容詞をくっつけると、グループと属性というタイプに近くなる。 「動詞」を題としたインスタンスを考えるときは、副詞をくっつけてみると、多様になる。

例3: 題:踊りを踊るなら
1:激しく
2:親しげに
3:おしとやかに
4:セクシーに
5:和風に、あるいは、盆踊り風に
6:サンバ風に、あるいは、インデアン風に

日常生活の言葉をいろいろに組み替えなおすことで、いわば「題の遺伝子組み換え」が起きて、地平に変化がもたらされる。
例4: 題:手ごわい相手に、取材をするには?
1:攻撃的に(夜討ち朝駆け、不意打ち取材で、ポロっと本音を吐かせる)
2:真摯に(じっくりと話をきく)
3:愛嬌たっぷりで(けれんみある質問も使って、相手を誘導する)
4:紳士的なふりで(オフレコを約束して、相手を安心させて取材する)
5:かしこく(相手の意図的なミスリードを見抜く)
6:用心深く(建前や公式見解の裏の私的動機を常にチェックする)

仕事生活をテーマにした場合でも、概念のはっきりした日常の言葉をつかえば、クリアカットな選択肢がみえてくる。

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題肢セットのいろいろ⑨カテゴリーと要素

カテゴリーと要素という性質に着目すると、題肢セットはいくらでも見つかる。

分類学は、専門的には、生物を分類する学問のことだが、どんな分野でも、大分類 → 中分類 → 小分類 → 実体 というような整理は可能だ。デパートでもスーパーマーケットでも分類にそって商品が陳列されている。家電と衣服をごちゃまぜにする新しい試みの店として話題になった「<a href=”http://uniqlo-bicqlo.tumblr.com” target=”_blank”>ビックロ</a>」でも、陳列に分類がないということはなかった。

ところで次の例はどうか。

例1: 題:将棋の駒は、どれが好き? 1:飛車 2:角行 3:桂馬 4:香車 5:歩

これは、「カテゴリーと要素」に似ているが実は、「グループとメンバー」だ。

例2: 題:かぜによい漢方薬は? 1:葛根湯 2:大青竜湯 3:麻杏甘石湯 4:小柴胡湯 以下、たくさんありすぎて、列挙中止。

これも、グループとメンバー。

「カテゴリーと要素」と「グループとメンバー」の違いは何だろう?

観察によっていろいろなものに共通する要素がみつかれば、そのようなカテゴリーを仮構できるというのが古典的なカテゴリー観だ。

例3: 題:赤いもの 1:消防車 2:血液 3:リンゴ

まったくグループになっていないものでも、共通の要素を見つけて、ひとつのカテゴリーをつくることができる。

1:テーブル 2:うま 3:あかちゃん

これを「四本足」というひとつのカテゴリーに属するとみなすのは、ウーム、とんちの世界みたいだ。共通の要素をみつけたといっても、ブッ飛んでいる。 乳で子を育てるという共通要素で哺乳類をカテゴリー化するのとはずいぶん異なっている。 しかし、このぶっ飛び的な認知のありようは、ブレークスルーを生む種であるかもしれない。

「カテゴリーと要素」よりも「グループとメンバー」のほうが、題肢セットとして扱いやすいといいたいわけではない。

「大分類、中分類、小分類」の考え方を応用すれば、ある題1には選択肢11、12、13がぶらさがっているが、選択肢11はそれ自身を題とする選択肢111、112、113がぶら下がっている、というふうに、連鎖するツリー構造の題肢セット群を見つけることができる。

これは、まず初めに、支配的な共通要素にそって行う細分化作業として行われる。次に、より似たもの者同士をまとめてひとつのグループとみなし、そのあと今度は、より似たグループどうしをまとめていく、という2段階の作業になる。 多くの場合、「上位カテゴリー」と「下位カテゴリー」というを分けるカテゴリー化が暗黙のうちに働いてくるので、ネットワーク構造というより、階層構造として認知されることになる。日常的な感覚では、いつの間にか裏が表になるメビウスの輪の構造よりも、先端と底辺が固定している構造のほうが(良しあしはべつとして)脳にとっては楽だ。そういう題肢セットは、発見しやすい。

話は変わるが、

語というものは、その語が想起させる典型的な状況や、そのひとが持つ常識や知識や刷り込まれた印象と切り離すことができない。そのせいで、逆に、平凡な文言だけからなる題肢セットが、遊園地の床が斜めになった錯覚の家に立ち入ったときのように、認知に揺さぶりをもたらすこともある。例1:を、ここに再掲すると、

題:将棋の駒は、どれが好き? 1:飛車 2:角行 3:桂馬 4:香車 5:歩

であった。 一見ふかい意味がありそうにない題肢セットだ。

しかし、ここに提示された題と4つの選択肢の語をみて、「前にしか進めない、吹けば飛ぶような歩でも敵陣にはいると、横にも斜めにも動ける強者の成金になる」といった解釈をもつ人は、大役を担う派手なエリートの飛車角の大駒よりも、戦死覚悟で奇襲突撃を突っ掛ける捨て駒の桂香よりも、歩を好きと気づくことになる。

認知が揺さぶられるかどうかは主体の問題なので、題肢セットがそれを意図しているわけではない。 しかし、認知の揺さぶりが起きるであろうという蓋然性は、複数の肢が列挙されるという構造そのもののなかに、潜んでいるといえる。 公開展示されたたくさんの題肢セットに接触しているうちに、主体の意識が常に複数の選択肢を意識することに慣れていくことが十分に想定される。 これは一種の教育効果ともいえる。選択肢研究は選択肢教育という分野をひらくのではないか、と思う。

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題肢セットのいろいろ⑧事物と属性

事物と属性、という関係も題肢セットの主流派だ、しかも、かなり重要な、、。

例1: 題:椀、何にする? 1:赤い塗り、にする 2:軽い木でできているのにする 3:値が張るのにする 4:手触りがあったかい感じのにする 5:熱が伝わりにくいのにする 6:洗いやすいのにする

例2: 題:家族で使う自動車、なにで決める? 1:運転のしやすさできめよう 2:やはり燃費だ 3:エコな燃料のにしよう 4:室内の広さ 5:中古になっても値落ちしないのがいい 6:赤いのがいい

例1では、椀という「もの」の中にある属性を考えて、その属性を選択肢として比較している。 例2も同じタイプだ。

例3: 題:今年の花見は、どうする
1:毛氈を敷いて本格的に
2:桜がはらはらと散り始める下での花見にしよう
3:酒を飲んでる人たちから離れた場所にしてほしい

例3は、「もの」についてではなく、「こと」についてだ。 「こと」には、そのことがらから浮かぶあらゆる連想が属性として付着している、といえよう。

ひとが積極的に選択肢をかんがえることができる「こと」の典型は、「イベント」だ。 いろいろな式典、冠婚葬祭、旅行や記念日の催し、お出かけなど、比較的頻繁に起きるイベントから、年に1回だけのもの、一生に1回だけのものなど発生サイクルは異なるものの、計画可能なイベントでは、選択肢を熟慮できる。

一方、突然起きる出来事では、いやおうなしのことが多く、選択肢を検討しているヒマがない。

例4: 題:海外旅行先でパスポートと航空券をなくした、なにができる?
1:地元の警察で紛失の証明書を依頼する
2:近くの領事館に電話して臨時の再発行を依頼する
3:航空会社に、航空券を再発行を依頼する
4:腹ごしらえすれば、落ち着ける

この手の出来事を乗り切るにはすぐに行動を起こすことが重要で、もたもた考えていると、飛行機の出発時刻が過ぎてしまい、近くの領事館はサービス時間外になり、警察には旅券を持たない不審者あつかいされて、つまりは、さんざんな目にあいかねない。 何事によらず、日ごろから、自分がそんなことになるはずがないと高をくくらず、どんな選択肢があるのかスキャニングしておくのがよい。

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題肢セットのいろいろ⑦シーンとせりふ

私の家に用事で訪ねてくるひとの中には、面白いセリフの持ち主がいる。

一人目、新聞の集金のお兄さんは私がドアを開けると、開口一番「おまたせしました!」と朗らかに言う。私のほうは集金人がくるのを首を長くして待っていたわけではないので奇妙な感覚にとらわれる。4383円の代金に1万円札を渡すと、かばんから、5枚の千円札と6枚の百円玉と1枚の10円玉と1枚の5円玉と2枚の1円玉を間違いなくだすのに少しもたもたしたあと、朗らかな破顔で、その日2度目の「おまたせしました!」を発してくる。好人物を全身であらわしたような、良い笑みである。

この一幕は、彼が集金にやってくるようになってから何年も続いている。 他の集金人で「おまたせしました!」から始まる人はいないので、これは彼固有のセリフといっていいだろう、と想像を膨らませてみると、、、、店にもどって金を確かめて額があわないのは、非常に非常に気分の悪いことにちがいない。そこで、彼は、集金の戸口に立つたびに、小声で「釣銭は絶対間違えない」と自分に言い聞かせ復唱しているに違いない。ドアを開けた時に「おまたせしました」というのは、そのプライミング効果かなぁ?。

例1: 題:ひとの家を訪問する仕事で、戸口に立ったときの最初のセリフ、どうする? 1:お待たせしました(<a href=”http://www.nikkei.com/“>日経新聞</a>) 2:ご苦労さまでございます(<a href=”http://www.watami-takushoku.co.jp/“>ワタミの宅配</a>) 3:まいどありがとうございます(<a href=”http://www.kuronekoyamato.co.jp/“>大和運輸</a>) 4:こんちは(<a href=”http://www.toukei.metro.tokyo.jp/seikei/ka07wish.htm“>東京都家計調査</a>局) 5:いい天気ですネェ(<a href=”http://www.sagawa-exp.co.jp/“>佐川急便</a>) 6:・・無言で・・(<a href=”http://www.japanpost.jp/“>日本郵政</a>)

カッコ内は我が家にきた実例だ。 脚注的な話だが、 ワタミの宅配では、惣菜を届けてもらう私のほうがいうべきセリフを、彼が自分で言うのである。雨や雪の日に苦労しながら届けてくれているのに、玄関まで受け取りに出るだけの私が「ご苦労さま」といわれるのは、やはり奇妙な感覚だ。大きな会社にでもいたかんじの、年金年齢のひとなので、そのセリフをいいなれているのかもしれない。

もうひとつ、脚注的な話だが、 エレベーターでたまたまでくわすひととの会釈や挨拶は、どうするか? これにもいろいろなセリフがあるだろう。 たとえば、アメリカ人と出くわすと、必ず、声掛けが起きる。

例2: 題:エレベータで乗り合わせたときのセリフ、どうする? 1:ハイ! 2:おはよ 3:こんちは 4:なんでもいいから、出会いがしらの居合抜きのように、相手に言われる前にいう。先に言えたら勝ち、相手に先に言われたら負け。目標は、年間勝ち越し。 5:アメリカ人ならボンジュール、フランス人にはグーテンターク、中国人にはアンニョン、韓国人にはサワディー

話は変わる。

遠くに離れてくらしている老母が、数年前に振り込め詐欺にひっかかった。警察からの電話と思いこまされて、電話相手に暗証番号を伝え、まもなくカードを取りに来た男にカードを渡してしまった。自分はニュースにあるようなだましに合うはずがないと、しっかり者を自認していたから、ショックと悔しさで、しばらくへこんでしまった。

言葉で人を誘導しようとする人は、せりふを選んで使う。電話で誘導して暗証番号を聞き出すことができる背景には、巧みにセリフを組み立てる手口があるのだろう。 「取りに入る」という言葉がヤクザや暴力団にある、と聞いた。 とにかく、「相手から金を取る・獲る」と決めたら、あらゆるセリフを動員して、必ず獲るところまで手を緩めない。そのことを、「取りに入る」というのだそうだ。 そのことを教えてくれた人は、ずいぶん昔に住んでいた公団住宅で隣に住んでいたひとだ。 彼は、娘の小学校の先生に家庭訪問で「お父さんの仕事は何ですか?」と聞かれた夜、ごまかしの返答ではなく、自分の本当の仕事は何だろうかと、自問して答えを出した。 「自分は、業として恐喝を行う、恐喝業者である」というものだったそうだ。

さぞかし人を脅かして金を奪うセリフをたくさん知っていただろう。 そのとき聞いておけば、かなり風変わりな題肢セットの実例として示せたかもしれない。それは残念ではあるが、生活安全課の方に今日の恐喝シーンで使われるセリフのいろいろを投稿してもらえると、ありがたい。市民のための防犯教育の一環にもなるでしょう。

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題肢セットの、いろいろ⑥「局面とシナリオ」

ちょっと昔のことだが、2012年6月政府がエネルギー・環境に関する選択肢を3つ示して国民の判断を問うた。どのシナリオでいくのかを選べ、というものだ。

シナリオという言葉も含め、コンサルタントやプランナーの人たちが好んでつかう用語がある。


どういうロードマップでいくか。
どのビジネスモデルにするか。
別のスキームにチェンジする。
新しいストラクチャーを目指す。
パラダイムのシフトが起こった。
等々。

いずれも、新しい選択を脅迫するときの常套句でもある。

しかし、「局面とシナリオ」という性質をもった題肢セットは、もっと素直なことがらと考えている。

例1: 題:クリスマス、どんなデートプランでいく?
1:ディズニーランド → ドライブ → 星降る高原
2:原宿 → ミシュラン★★★ → クラブ
3:教会ミサ → 大きな樅ノ木のした → 永遠の愛を告白する
4:マクドナルド → ベートーベン第九コンサート
5:おうちでこたつ → ローストチキン → ダイヤモンドの指輪

例2: 題:実家の親がやってくる、どうする?
1:初日ハトバス、2日目歌舞伎座、3日目スカイツリー
2:実家に帰ってこいといわれないよう、面倒な会話をさける工夫をする
3:世話をしたくてやってくるのだから、思いっきり甘えてあげる
4:食べて、しゃべって、笑って、写真を撮って、最後にありがとうと言って帰す
5:葬式のこと、遺産分けのこと、墓のこと、ちゃんと話しを聞いておく

局面が異なれば、いろいろなシナリオがありうる。例1、例2のように、前もって計画できる余裕のある局面だけでなく、外国の笑い話にでてくる場面のように、前もってシナリオを想定してないと大変な窮地にたたされることがある。

例3: 題:浮気相手と同衾中に、女房にふみこまれた、どう言い訳する?
1:身体検査のあと、マッサージをうけてただけだ
2:まだやっていない、やる気もなかった
3:不眠症なので、看護婦さんに添い寝してもらっただけ
4:彼女じゃない、あれは男だ

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題肢セットのいろいろ⑤現状と次に生起する事象

「現状」を題とし、「次に生起する事象」を肢とする題肢セットも、選択肢の典型のひとつとして、力を入れて収集したい。

思うに、選択肢とは、そもそも、「次何」が初源なのではないか。

次何?

つぎ、なに? と読むことにしているが、もっと短縮して、特別な秘密の記号でもあるかのように、<strong>ジカ</strong>と呼んでもいい。

例1: 題:野球ノーアウトで1塁にランナーがいる。つぎに、何が起きるかと思うか?
1:ランナーの盗塁
2:ヒットエンドラン
3:おくりバント
4:牽制球で1塁ランナーがアウト
5:隠し球で1塁ランナーがアウト

対戦スポーツの選手たちは、次何の感覚のなかで生きている。次に何が起きようと体がついていくようトレーニングを積む。無意識の中で反射的に正しい選択ができるように。

我々はいま、選択肢を言葉で定着させる作業を行っているが、言葉をもつ以前の古い古い昔から、人類は、次何を頭の中にみなぎらせてきた。原始の昔、猛獣が獲物を追って疾駆していくのをドキドキしながら岩陰から見つめながら、自分にやってくるチャンスを待ち続けているとき、頭の中にあったのは、「次何」だ。 ・自分に手の届く獲物が現れないか。。 ・猛獣が戻ってくる危険はないか。。 ・突然のスコールが来て、涸れた川に鉄砲水がでないか。。 ・空から、巨大な猛禽が襲ってこないか。。

この瞬間と、次の瞬間。 いったい何が起きるのか? それが起きれば、どうすればよいのか?

油断すれば命を落とす危険な時代、全身をセンサーにして「次何」を受信し続けたものだけが生き延びることができただろう。

我々の住む文明社会は、「この瞬間と次の瞬間」という切迫性だけでなく、「今と明日」「今と来年」という長時間の見通しのよさを求めている。

例2: 題:専務に呼ばれた部長が深刻な表情をして帰ってきた。つぎは何が起きる?
1:今日中に、部下の誰かが叱責される(自分の可能性もある)
2:退社時間になったら、居酒屋に誘われる(愚痴を聞かされるか)
3:近いうちに、部長は左遷される(次はだれがくるか)
4:直近の役員会で、部長は役員に抜擢される(苦虫潰した表情だが内心はご機嫌)
5:次の組織改革で、廃部か、他部との合併になる(自分もリストラ?)

自分が巻き込まれる次の事態をすべて考え抜くのはむつかしいものの、確かな想定にたどり着く前にはいろいろの可能性を検討することになる。野球のバッターが、直球なら打つ・変化球なら打たないと戦略を決めるように、それぞれの可能性ごとに現実の行動を待機させることができる。 想定ごとのシミュレーションによって、選択肢が生起する。 あなたが何の影響をおよぼすことのできないことがらでも、それがあなたにかかわってくると想定することで、あなたは行動の選択肢を準備できる。 脳空間の中、次何は選択肢に直結している。次何タイプの題肢セットは、例2のように、パターン化しにくい一回限りの事例も多い。そうした事例は、状況をどのように想定するかという、かっこうの参考である。

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題肢セットのいろいろ④主策と代替策

この手がダメなら、ほかの手は? というのが「主策と代替策」タイプの題肢セットだ。

例1: 題:相撲のたちあい、ぶちかましがつうじそうにないとき、どうする?
1:かちあげる
2:よこにとぶ
3:けたぐる
4:はなれてツッパル
5:はたく
6:まえみつ取りに行く

メインの策が取れないときには次善の策がとられる。 次善の策の候補を十分に比較検討しておくことは欠かせない。しかし、状況がメインの策をとることを許すまでにもどれば、メインの策がとられる。

例2: 題:電力をどう確保するか?
1:(事故なら致命的な)原発で確保
2:(高コストで環境破壊の)化石燃料で確保
3:(確保できる量が不安定な)自然エネルギーで確保

選択肢どうしを比較評価しようとしても同一の基準で比較しようがないとき、主策か次善の策かの判別ができなくなる。 この例では、題は「電力確保」であるが、実質的には「どんな損なら許容できるか」が問われている。電力を確保するための代償を選べと言われているのと同じだ。 選びたくないものばかりならんでいるときは、それ以外の選択肢を創案しなければならない。

4:電力を確保する必要がない社会構造にする

これは一見、抽象的でタワゴトに聞こえるが、長い目でかんがえれば反論の余地がないほど正しい。重要な点は、論理的には、「題」に仕込まれた暗黙の前提に対峙する根源的な選択肢であることだ。1、2、3は、題に対して無疑念的な選択肢であるといえる。 題は選択肢の着想にしばりをかける。選択肢がどれも不利益なもので選びたくないとき、その題は何か間違いをおかしている可能性がある。例1の相撲の立ち合いの選択肢がどれも不利益で選びたくないなら、相撲協会指導部の親方に叱られようとも、

7:待ったをする

という選択肢を着想してよい。

ところで、 主策がただひとつしかないという状況は、どういう状況だろうか。 信念を唯一にしぼって他の未練を顧みないという純粋性を評価できる一方、硬直した知恵足りずの危険性を指摘せざるをえない。主体的に考え抜いた結論が「唯一の選択肢しかない」ということなら、たとえそれが愚行であっても自己責任に帰結できるだろうが、社会や環境や他者による何らかの制約のせいで「唯一の選択肢」になってしまうのは、抑圧的で不自然なことだ。

題が巧みな文言になっていて、うっかりしていると、ただ一つの選択肢しかないと思いこまされることがある。 タフなネゴシエーション術とは、相手の選択肢をつぎつぎ潰し、こちらから提示したものが唯一の選択肢だというところまで追い込む手口だ。ソフトなネゴシエーション術とは、相手の欲求をこちらが示す選択肢に取り込んで、こちらの選択肢に相手を乗せてしまう手口だ。 選択肢を潰しあったり丸のみしあったりするプロセスを解析するのも、選択肢研究のひとつだ。

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題肢セットのいろいろ③目的と手段道具

なことがらから専門職の領域でのことがらまで無数にある。 最適な手段や道具を選べば成功する確かさは強化される。目的とすることを確かに実現しうる選択肢を準備するのが正しいやりかただ。

例1 題:東京から大阪に昼までに着くには?
1:前夜11時にマイカーで出発
2:当日朝のANA
3:当日朝の新幹線
4:和歌山白浜温泉に寄りたいので、前々日のフェリーで串本で下船

例2: 題:カレンダーを壁に止めるには?
1:押しピン
2:フック
3:ひもでつるす
4:壁をきずつけたくないので、やめる

ところで、上のふたつの例では、どちらも4つ目がくせものだ。 例1では、題に示された目的に別の目的を付加した選択肢として回答されている。例2では、題に示された目的を否定する選択肢が回答されている。どちらも、題の文言の範囲から逸脱せず素直に回答するというルールを破っている。しかし、どちらも現実的にありうることで、選択肢として逸脱しているとはいえない。むしろ、「学校の試験じゃあるまいし」、逸脱しているとしても、実用的だ。そう感じるのは、 この選択肢を考え出した主体者が、題として与えられた目的を、追補的あるいは批判的に解読しているからだ。

題は常に、主体がその意味を問う。 その問い方において選択肢が着想される。 題それ自体がニュートラルであっても、主体の価値観を受胎するかのように選択肢が生れ出る。

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題肢セットの、いろいろ②「課題と解」

「課題と解」の性質をもつ題肢セットは、常識的な意味で、選択肢のありようの典型だ。

課題は解決されなければならない。 人は、解決する方法をいろいろ考える。 ざっくりと言って、その社会の常識にそって編み出すことが多く、その人の特技や個性からも発案される。自分にはできないがこういう手もあるという仮構的な思考実験も行われ、その際、常識外の奇策も着想されることがある。

例1:(しゃきしゃき★アンサーから)
題:今日はどんな自分でいくか
1: 強い自分
2: かわいそうな自分
3: ゆかいな自分
4: おそろしい自分
5: おだやかな自分
6: 目立たない自分
7: おとなしい自分
8: はでな自分
9: 積極的な自分
10: 消極的な自分
11: 個性的な自分
12: リーダー的な態度
13: 素直な態度
14: ふてくされた態度

例2: 題:飛行機がビルにつっこんだ。対策はどうする?
肢①:空港警備の徹底強化
肢②:すべての公共の場所の徹底警備
肢③:操縦室と客室の通路をなくす改造
肢④:高層ビルを取り壊す

課題を設定してその解決策を考えるということは、誰でもがやっていることだ。たとえ、当局者でなくても例2の課題を考えることができる。多くの人が考えれば考えるほど、異なった解決策が質量ともに豊富に集積することになるだろう。

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