題肢セットのいろいろ④主策と代替策

この手がダメなら、ほかの手は? というのが「主策と代替策」タイプの題肢セットだ。

例1: 題:相撲のたちあい、ぶちかましがつうじそうにないとき、どうする?
1:かちあげる
2:よこにとぶ
3:けたぐる
4:はなれてツッパル
5:はたく
6:まえみつ取りに行く

メインの策が取れないときには次善の策がとられる。 次善の策の候補を十分に比較検討しておくことは欠かせない。しかし、状況がメインの策をとることを許すまでにもどれば、メインの策がとられる。

例2: 題:電力をどう確保するか?
1:(事故なら致命的な)原発で確保
2:(高コストで環境破壊の)化石燃料で確保
3:(確保できる量が不安定な)自然エネルギーで確保

選択肢どうしを比較評価しようとしても同一の基準で比較しようがないとき、主策か次善の策かの判別ができなくなる。 この例では、題は「電力確保」であるが、実質的には「どんな損なら許容できるか」が問われている。電力を確保するための代償を選べと言われているのと同じだ。 選びたくないものばかりならんでいるときは、それ以外の選択肢を創案しなければならない。

4:電力を確保する必要がない社会構造にする

これは一見、抽象的でタワゴトに聞こえるが、長い目でかんがえれば反論の余地がないほど正しい。重要な点は、論理的には、「題」に仕込まれた暗黙の前提に対峙する根源的な選択肢であることだ。1、2、3は、題に対して無疑念的な選択肢であるといえる。 題は選択肢の着想にしばりをかける。選択肢がどれも不利益なもので選びたくないとき、その題は何か間違いをおかしている可能性がある。例1の相撲の立ち合いの選択肢がどれも不利益で選びたくないなら、相撲協会指導部の親方に叱られようとも、

7:待ったをする

という選択肢を着想してよい。

ところで、 主策がただひとつしかないという状況は、どういう状況だろうか。 信念を唯一にしぼって他の未練を顧みないという純粋性を評価できる一方、硬直した知恵足りずの危険性を指摘せざるをえない。主体的に考え抜いた結論が「唯一の選択肢しかない」ということなら、たとえそれが愚行であっても自己責任に帰結できるだろうが、社会や環境や他者による何らかの制約のせいで「唯一の選択肢」になってしまうのは、抑圧的で不自然なことだ。

題が巧みな文言になっていて、うっかりしていると、ただ一つの選択肢しかないと思いこまされることがある。 タフなネゴシエーション術とは、相手の選択肢をつぎつぎ潰し、こちらから提示したものが唯一の選択肢だというところまで追い込む手口だ。ソフトなネゴシエーション術とは、相手の欲求をこちらが示す選択肢に取り込んで、こちらの選択肢に相手を乗せてしまう手口だ。 選択肢を潰しあったり丸のみしあったりするプロセスを解析するのも、選択肢研究のひとつだ。

所長 の紹介

選択肢研究所の所長です。
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